まぁなんというか

ういっちゅ〜
帰省の忙しさもひと段落して今日はのんびりピアノの練習&買い物といった感じの一日でした。

>SEED-D(ネタバレ注意!!)
個人的意見として・・・あのドムの技はまずいのではないかと・・・。
というか目くらましいらねーじゃん!!何より対複数に有効だとは思わなかったよ!!
あと・・・カガリの機体にはGパンツァが!?射撃に対してはほぼ無敵ですなぁ。

さて、最近あまり絵を描いていません。全く描いてないわけではないのですが、日々腕が落ちていってるのが目に見えてわかるわけで。もとより大してない腕が更になくなると自分で見てかなり落ち込むんですよね、毎日描かないと腕は落ちるし描いてると思ったように描けないでイライラするし・・・この繰り返しで描かないことが多くなるんです。
そこでちょっと立ち止まって考えることにしました。描き始めたころと何が違ってしまったんだろう?ということをただひたすら考えてみたんです。
そこで出た結論、イラストの質を上げる『作業』をただひたすらしていた、と。
うまくなろう、あの人に追いつこうとするあまり、イラストを描くことを『作業』としてやってきたんだな、と。よく漫画のオチでありそうな結論に達したわけで。
 昔、先輩と絵を描く際の必要なもの・・・『技術』と『気持ち』のどちらが大切か、という議論をしたことがあったんです。
その時の僕は『技術』派でした。「何か描きたいものがあっても、技術が伴っていなければ何も描けない。自分の心のうちを表すには、それに見合った技術が必要なのだ」と主張しました。
僕はその意見を正しいと思っていました、そして今現在でも間違っていないと思います。だけど、それだけではいけないことがわかったんです。
僕は今まで「気持ちは二の次、まずは絵の技術を上げて自分の気持ちが表せるようになろう」としてくる過程で「自分の気持ちを表す」という目標を見失ってしまっていました。その結果『作業』としてイラストを描いてきていたんです。気持ちのない絵は何も訴えかけることはしません、だから自分の気持ちにも答えてくれない、それにまたイライラして技術に頼ろうとする、悪循環にはまってしまっていました。
これからは気持ちを込めて描いてみよう、そうすればきっと絵もそれに答えてくれる。そう思いました。もっとも気持ちだけあれば良い訳ではないです、日々の練習がないと気持ちも表せないとも思っています。だからこそ1枚1枚に気持ちを込めて描いていこうと思います。

歩みを止めるのは良くない事だけど、こうやってたまに立ち止まってみて考え直してみるのも大切なことだなと改めて思いました。

さて、なんだか暗い(?)話になりましたが、また明日からがんばっていきます。
後ろは見ない主義なんでw 前には道はないですし、自分で作っていくものです。よそ見してると落とし穴に落ちちゃいますもんねw

それでは、おやしゅみね〜。
P.S.
昨日のニュースの話題ですが誰も話題にしてなかったようなのですが・・・『オタク検定』ってどうなんでしょう?